既卒女のテキトー人生

ダメ人間爆誕!!!!!

卑屈な人。

 
卑屈な人っていうのは面倒くさい。
社会的な地位が高いほど面倒くさい。
高学歴、高収入、既婚、子持ちetc
これだけ持ち合わせていても卑屈な人はいくらでもいる。
他人からは良くみられたいからそれっぽく良さげなことを言うけど言葉の端々に他人を見下している態度が滲み出ている。
でも、本人は気づかない。言われた方も気づかない。
その人と話していてしばらく経ってから、ドッと疲れている自分に気づいて初めて、「ああ、あの人は私を見下していたのだ。そして果てしなく卑屈な人なのだ」と分かる。
悪い人ではないのだろうけど、会うと疲れる。気持ちが落ち込む。
エナジーモンスターという言葉はあまり使いたくないけど、本当にそんな感じ。
そういう人は他人のことを悪い人だと思っているみたいだけど、自分が他人のパワーを吸っていることには気づかないらしい。
だから厄介なんだけど。
そういう人には出来るだけ手の内を明かさないことで身を守るしかないんだろうね。
身を守るというか心を守るというか。
でも、それが身内だと厄介だよね。
早く家を出ないと本当に蝕まれそうで恐ろしいな。

心の声に従うべし。

 
「あの人、ブスだよねー」
「あの人、ダサくない?」
「あの人、性格悪いよね」
「あの人、頭悪くない?」
「あの人、変わってるね」

陰口ってまあ、こんなもんだと思う。
私はバカだったからいつもこれに賛同していた。
他人の陰口を言うような攻撃的な人に嫌われたくなかったし、陰口を言うと自分が少し上になった気分になれたから。
実際は逆だった、陰口を言う人には嫌われるし自分の人としてのレベルは下がるし何より自己嫌悪が凄まじかった。
潜在意識のレベルで自己嫌悪が襲ってくるので何をやっていても気分が沈むし上手くいかなかった。
何より、陰口の内容を本心でそう思って言ってるならまだしも、私は大して思っていないのに言っていたから
違和感と罪悪感で心の中がめちゃくちゃになっていたんだろうと思う。

私は、相当の不細工でなければ他人をブスだとは思わない。普通に生活できるなら不細工ではない。
目が大きいだけで可愛いと思ったり化粧っ気がないだけでブス呼ばわりする人は何も見えていないと思う。

モデルみたいなスタイルやファッションセンスの人以外はみんなそこそこダサいと思う。
得意気に他人のファッションチェックをしている人だってところどころダサい。
というか、ファッションなんて好みが合わなければダサいとしか思えない。そんなもの。
不潔だったり素っ裸でもない限り、他人のファッションを否定するのはナンセンスだと思う。
スタイルも顔も中途半端な人が高級ブランドで抜群にオシャレするよりは
モデル体型の美形がユニクロのTシャツ短パンビーサン着てる方が良く見える。
「努力不足」とか何とか言って他人のファッションを悪く言うのもどうかと思う。

体型に関してもそう。
デブでもガリガリでも別に何でもいいと思う。
お前もパリコレモデルに比べたらちんちくりんだろうという感じ。

性格が悪いのではなく「その人の性格が自分にとって都合が悪い」だけなのでそれを認識してほしい。
個人的には世の中に性格の悪い人ってのはあまりいないと思う。相性の問題。
ただ、相性が悪くて気に食わないからといって相手に意地悪をして良いとは思えない。
だから「あの人性格悪いよね」とか言う奴はそいつがワガママなだけ。

頭が悪くて何がダメなのか分からない。
陰口を言う時点で頭が悪い。

変わっていることの何が悪いのか分からない。
自分以外の気に食わない人間を「変わってる」の一言で否定して押さえつけようとする人間は「普通」なのかな。

なんかもう、疲れた。

スピリチュアルにハマったニート。

 
ニートの私、スピリチュアルにドハマりである。
これは非常にマズイ。自覚があっても止められない。
分かっちゃいるけど止められない。スーダラ節。

今までの人生、恵まれていたなりにいろいろあった。
物には恵まれていたけど心を気遣ってこなかったと思う。
しかしながら当然、ここまで生きてこられたことには感謝しなければならないと思う。
感謝することは義務なのだろうと最近思えてきた。

今、これまでの人生の中ではピークのドン底にいる。
(さらに底が深くなるか浮上できるかは分からないところが恐ろしい。)

で、スピリチュアルに絶賛ドハマり中。
今までの自分が上手くいかなかった理由とか嫌なこととか体調不良とか完全にそちらへ丸投げしている。
以前ならバカにしていたけど、今までの考え方がガラッと変わった。
というか、薄々自分で何となく考えていたことをきちんと説明してあるサイトがあったり自分と同じような性質を持っている人がいることが分かって少しビックリした。

今はまだコンプレックスが強すぎて前向きになれないけど、そのうち自分を信じられるようになったら今のこの時間も良い経験になるのではないかと思っている。
世の中の「常識」とか「多数派」とか「世間体」がいかに自分を痛めつけていたかがよく分かった。
ニートになってレールを外れたからこそ、視野が広くなった。

スピリチュアル否定派の人からすると「人生上手くいかないからって現実逃避してんじゃないよ」となるのかもしれないけど、それはそちらの世界の人々の話。
今の常識の世界で上手くいっているのならスピリチュアルの世界で生きる人たちに口出しするべきじゃない。よく分からないのに否定するのはよろしくない。

スピリチュアルって言葉の綾で、本当は何かしらの真理を含んでいると思う。
いろいろ調べていて「これか!」と直感で分かることがたくさんある。
でもこれは社会で平和に生きている人には理解できない感覚らしい。
私としては「へー、わからないんだ」という感じになる。
で、それを普通の人たちは「選民思想だ!」と嫌がる。分からないことは怖いのかな。

心理学、哲学、経済学、医学、宗教学、経済学、科学、物理学etc
ありとあらゆる面で現実的な学問にも繋がっているのがスピリチュアルやオカルト、映画や音楽等の芸術だと思う。
人によって、理解するための切り口は違うけれども、辿り着く答えは同じ。
それを分かる人がより多くなればいいと最近の私は思っている。

こんなの社会不適合者の戯れ言だけど。
一人でもこの感覚を分かち合える人を見つけるために、私は生きなければならないのだろうな。
めんどくさいけど、あと少し頑張ろうかなー。

蔓延る三流たち。

 
これまたスピリチュアルな話だけど。
これはきっと何にでも通じると思う。

何かを極めようとするときに、情報収集や誰かに教えてもらうことがすごく大事だと思うけど
きちんとした情報源を探り当てるってのはなかなか厄介なことなんじゃないかと思えてきた。

スピリチュアルで言えばたぶん
本当に強い能力のある一流の人は表に出てこないし、それとは無関係の仕事や生活をしている。または少ない身内にだけ能力を共有している。
少し能力のある二流の人はブログでスピリチュアルを語ったり、セミナーで金儲けをしている。言うことをきかない人にお説教をする。
全く能力のないただの趣味で興味があるだけ三流の人は身近な友達に持論を語ったりネット掲示板でスピリチュアルをタネに三流同士でそれっぽい話をする。

これは仕事をしている人や芸能人でも言えることだと思うんだけど
一流は高みを目指しているので他の人には興味がない、
二流は一流を目指しているので自分のやることに一生懸命、
三流はもう諦めているので外野に知識をひけらかして自分を満足させることに執心する。

もちろん、声の大きさは
一流<二流<三流
だから外野は本質が分からなくなる。

ニートを叩いてる社会人なんてのは三流社会人なのだと思う。
労働者としては完全に外野にいるニートをバカにして、労働者として三流である自分を慰めている。
本心では「自分なんかもうダメだ」と思っているのが透けて見えるのが痛々しい。
で、そういう人たちから批判されるとニートはますます働くことが嫌になる。
ニートという外野から労働者になったところで第一段階は三流の社会人。
その三流の社会人がこんなものかと知ってしまうとニートのまま朽ち果てた方がマシだとすら思える。

コンプレックスや自己顕示欲、承認欲求は間違った方向へ働くととてつもなくネガティブなパワーを発揮する。
ダメなところも個性であり、目立てなくても自分の糧になっていると信じきることが大事だと思う。

もっと本質的に考えられる人がたくさん増えれば良いと思う。

弱者様。

 
世の中、
・お金持ち
・名門出身
・美形
・背が高い
・スタイルが良い
・高学歴
・身体能力が高い etc
ざっとこんな人達がカースト上位になると思う。

当然こういう人たちは人間的にも性的にも魅力があって友達が多く、モテて、自信があるので何をするにも前向きで仕事も上手くいってさらに成功する。
世の中の多くの人たちはより高みを目指して努力し、カースト上位の人たちを羨み、憧れ対象として見る。

カーストのより上位に行くために周囲の身近な人間と比べて自分がどこにいるか過剰なほどに気にする。
自分の地位を脅かしそうな奴の悪口を言ったり、気に入らない奴をバカにしたりいじめたりする。
これが普通の戦い。

カースト上位にいる人たちは下にいる憐れな人たちの気持ちなんかこれっぽちも分からないし理解する気もない。
憐れな人たちが文句を言うと「甘えるな」と吐き捨てて去って行く。
それが悔しくて下々の者はさらに内輪で荒れて行く。

でも逆のカーストもある。
それは障害や病気なんかのジャンルの話。
より重症で深刻なものであればあるほどカーストが上位になる。
より「可哀想」で「憐れ」なほどこのカーストでは上位になる。
で、比較的軽い状態の人はかなり最下位に近くなる。
そうすると今度は重症な人々が軽症な人々に「甘えるな」と吐き捨てる。
強者に対する文句を言うときはみんな一緒になって強い絆で結ばれていた人々も、いざ自分達の中でカーストが出来てしまうと仲違いする。

結局、みんな自分が一番でいたいし他社を見下せる快感には勝てない。
だからいじめなんて永遠になくならないよね。
それが分かりきってるのにいじめを問題にするのは何故なんだろう。
いじめの構図を作っているのは世の中の全ての一人一人なのに。

向いてない。

 
せっかく日本に生まれたんだから!
こんな恵まれている国はないよ!
やりたいことをやらないなんてもったいない!

って言う人はたくさんいる。
自分自身に失望している私のような人間に向かって。

まあ、言っていることは分かる。
分かるけど、それは私には無理な話。
それを実現できる人は自分を認めている人であり、この世界に適応する能力がある人だけだ。
今はちょっと元気がないだけで、しばらくすれば立ち直って気合いを入れて頑張れる人たち。

でも、私はそうじゃない。
そもそもこの世に生まれてきたことに困っている。完全に向いてない。
人間に生まれることが一番良いなんて前提も私は理解できない。
人間なんて面倒くさいだけだ。
まあたぶん、他の生き物も結構面倒くさいんだろうけど。

「きゃー!虫!キモイ!」とか騒ぐ人、キライ。
虫からしたら「きゃー!人間!キモイ」だろうに。
虫に失礼だし、虫は怖がってるだろうに被害者ぶって騒ぎまくる人間って何なんだろう。
マジでそう思ってるんだけど、これ言うとドン引きされる。
奇をてらっていると思われているのかもしれない。
私は別にそんなつもりはないのにな。

日本が恵まれているのは人間的な視点であって、生き物としての私が生きやすいかどうかとは別なんだけど。

もう、本当に生きづらい。
別に誰も私を理解してくれなくていい。
けど、もう少し面白い世の中になってくれてもいいんじゃないかなあ。

自分以外にはなれない。

 
今までの人生、デブでルックスも性格も運動神経も悪いこともあって基本的に「じゃない方」として生きてきた。

何かイベントをやるときにクラスで盛り上がっていても教室の隅で数少ない友達とひっそりしているタイプだった。

時には「メインの方」の人たちが私の方を見て何となく仲間に入れてくれることもある。
でも、「じゃない方とメインの方の狭間」にいる人にめちゃくちゃ妬まれて必ず邪魔される。
あと私が「じゃない方」として少し大きいグループを作っても何故か内部分裂して大方の人が「メインの方」に行ってしまう。

そういう人は私を踏み台にして
一人→「じゃない方」→「メインの方」
とステップアップしている。
私の役割って何なのよって話になるけど。

私は常に「じゃない方」か一人でいるのが安定しているのでそれでいいし、良心的な「メインの方」の人たちは仲良くしてくれるから一番良いポジションだと思っている。

それなのに、一度アルバイトのときに学生バイトの「メインの方」になろうとしてしまったことがある。
最初の2年ほどは「じゃない方」として地道に頑張っていたのに急に「メインの方」の人たちに目をつけられた。
それは私が他のバイトや社員とも何の抵抗もなく平等に上手く立ち回れるからだ。利用しようと思われたわけだ。
それに気づかず私は「メインの方」になれる!と思って数々の愚行や奇行を繰り返した。
悪口や嘘をつくのは当たり前。
悪いことをしていないけどダサい人やちょっと変わった人をバカにして、仕事はサボるし、詰めは甘いしで今思うと本当に最悪だった。
流されるままに「別にいいや♪」とやっていたけど後々考えればずっと違和感があった。今言うのもどうかと思うけど。

今でもあの頃の自分は本当に狂っていたと思うし、嫌になる。自分の弱さを知らしめられる。

彼らは所謂、高学歴でルックスがそこそこで恋人も友達もいて就職も一流で、っていうそこそこエリートの人たちだった。
本当は私は「メインの方」なんかには全然入れてもらえていなくて彼らの嘘に騙されてバカにされて遊ばれていたことに気づかずにずっと接していた。
で、裏切られたときに全てに気づいて自分の愚かさが情けなくなった。かなり傷ついた。

それで結局、私は今ニートだ。高い勉強代だった。
でも、まだ若いうちに「メインの方」の人たちのズルさに気づけて良かったと思う。

これからの人生でもっと大事な場面で騙されていたらとんでもないことになっていたと思う。
(ニートの今もなかなか「とんでもないこと」だと思うんだけれど。)

でもそんなことは振り返って苦い顔で悶えていても仕方がないので黒歴史は全て闇に葬り去ることにする。
そしてこれからの人生に必要なことだったと信じきって生きていかなければならないんだろうと思う。

もし、「これからの人生」というものがある場合の話だけど。