既卒女のテキトー人生

ダメ人間爆誕!!!!!

思いやるということ。

 
「他人を思いやりなさい」というのは幼い頃から言われてきた人はかなり多いというかほとんどだと思う。
幼稚園や家庭で最初にざっくり教えられ、小学校の生活や道徳で学び、中学では社会の仕組みの基本として教えられる。
たぶんそんな感じだと思う。日本では。
(海外に行ったことがないので海外のことは知らない。)

私は生まれ持った神経質すぎる気質と毒親育ちが合わさって、相手のことまで考えてすぎてしまうところがある。
他人の気持ちまで考えすぎる。他人を傷つけるかもしれないと想像するだけで自分が傷つく。
だからいつも自分を差し置いて、やりすぎなくらい考える。で、距離感が分からなくなって鬱陶しがられる。

でも、普通の人はそうじゃないらしい。
普通の親に育てられた人は「人は人、自分は自分」で他人をある程度傷つけても、それはそれとして反省はしても自分が傷つくことはないらしい。

つまり大前提として皆があまり思いやりがないからこその大々的な「他人を思いやりなさい」という教えが成り立つのであって
私のように考えすぎる人間には実は「あまり思いやりすぎも良くない」的な教えの方が必要だったりする。

にも拘らず、毒親は「もっと思いやりを持ちなさい」「あなたは冷たい」「あなたは優しさがない」とどんどん追い詰めてくる。
どんなに思いやって考えても満足してもらえない。

だから「普通」の人よりは遥かに色々他人を思いやって生きているはずなのに自分では冷たい人間だと思っている。もっとさらに他人を思いやろうとする。
でも、周りの人間はそこまでしていない。それなのにみんなそれなりに思いやりのある人間として胸を張って生きているし
普通の人同士はそれで良い感じに理解し合って仲良くやっている。
それでいよいよ訳がわからなくなる。

世間では、自分を傷つけてまでも他人を思いやっているはずの自分よりも、自分勝手に生きている人間の方が思いやりがある人間として扱われる。
それを目の当たりにしているうち、じわじわとメンタルが削られていって自分がボロボロになったところで気づく。

自分は「やりすぎていた」ということに。

今の私はこの段階なのでここからどう立て直すかは検討中。
言葉ひとつとってもそこに含まれる意味は無限大であることを常に頭に入れておかないととんでもないことになるね。